Anata Omaeda
たぶんひとは
ずっとだれかを
さがしてますよね。
あるときから。
それはもうたびですよね。
だれかをさがして
さがしあぐねて
なんどもなんども
こえをかけまちがえていく。
いいえちがいますの嵐にまきこまれる。
そのなかでじぶんさえも
みうしなっていく。
でもあるときふいに
おもいがけなくもきづく。
わたしがずっとさがしていた
そのひとのかおをしていたのは
だれよりもほかならぬ
じぶんじしんであったのだと。
このわたしこそが
さがされていたのだと。
たずねびとは、
いいえちがいますの
そのいっしゅんいっしゅんのなかに
はじめから、途方もなく、いたのだと。
わたしは
むかし、いちにちだけ
佐々木でいたことがあります。
後悔は、していません。
みちゆくひとから、
とつぜん、声をかけられる。
岩下さん、と。
わたしは、ハッとして、
たちどまる。いわしたさん。
だが、わたしは岩下さんでは、ない。
こえかけたひとは、わたしを
じっと、みつめている。
待っているのだ。
わたしは、
わたしがわたしなんかではなく、
岩下さんだったらよかったのに、
とおもいながら、
そのまましばらく
立ち尽くしている。
わたしは、いわしたさんに、なろうと
する。
それは
そんなにむずかしいことではないと、
わたしは、おもう。
わたしは、
そこに、たっている。
岩下さんになれたはずのものとして。
岩下さんになろうとしたものとして。
岩下さんではない、
だれにもなりえない、だれかとして。
ひとりの人間に対して、過剰な思い入れがすぎるとおもうんだよね、
とゆうじんからいわれたことが、ある。語気が、あらかった。ゆうじんは、怒っていたのかも、しれない。
わたしは、ずっと、口をつぐんでいた。話を聞いていないわけでもなかった。空をみていたわけでも、なかった。のっぴきならないなにかにひきずりまわされていたわけでもなかった。ただ、だまって、きいていた。
いいかわるいかの問題じゃなくてね、それはあなたを不幸にするような気がするんだよ。
わたしは、ときどきそのことばを、ひょんなことから、おもいだしたりすることがある。ひょん、から。
そうして、でもなあ、とつむやきながら、ブランケットをひっぱり、ねむろうとする。
でも、だれかがわたしになにかをいいたりないらしく、ゆめのなかまでやってくることも、ある。ひょん、も、すこし、ひきずっている。わたしは、ゆめのなかで、ひょんを、なでる。わたしだけの、ひょん。
そんなにひととのつきあいが多い人間ではないので、「だれか」にであうと、そのひとを胸のうちで反芻していたりする。そのひとのいったことばをじぶんで書きなおし、いいなおしてみたりも、する。そうやって、未来はあとまわしにして、過去をくんずほぐれつしている。そうして、そのなかに、みらいを発掘して、おちこんだり、している。
わたしだけの、ひょん。|いつだって最終回ドトールで待っているから、とゆうじんは、いった。
ドトールで待っているのか、とわたしはおもいながら、ドトールにむかった。
わたしもいつかドトールでだれかを待ちたいな、と、ふと、おもった。
そして世界でいちばんのぶっちょうづらをして、そのひとを、待とう。
怒った顔をして、カフェラテをのんでいよう。あちいばかやろう、とおおげさなリアクションもしよう。
くそったれちくしょうめといわんばかりのいきおいで、しかし思いのほかやさしいかんじで
ミルクレープをくちにはこぼう。
そんなことをかんがえながら、わたしはドトールへ、むかった。
とちゅうで空をみあげるのをわすれたので、空をみあげた。
ゆきが、ふっていた。ゆきだな、とわたしはおもった。
次の人生では、雪降る空にむかってりょうてをかざし、わらいながら、ぐるぐるまわろうと、おもった。そのときは、きっと、わたしは、こいを、している。
でも、いまのわたしはわたしでしか、ない。雪には、なんの思い出も、ない。スリップして、車ごと、実家の犬小屋につっこんだことがせいぜいの、いやあらんかぎりのわたしの雪にかんする人生の想い出である。わたしは前面が多少ぼこぼこになった車から、これぐらいなんでもないんだというかんじで紳士的に降りたつと、ひどく警戒し、わたしをじっとよそもののようにみすえるベスにむかって、ひとこと、いった。やあ、ぼくだよ。
ドトールにはいっていくと、ゆうじんが、ひっそりと、そこに、息づくようにして、待っていた。
まるで根づいているように、そこにいた。
ひょっとして根づいているんじゃないか、とおもって、あしもとをみたぐらいだった。
ゆうじんは、かつてのベスのように、そんなわたしを警戒した。なんなの、と。
いや、百年前からきみがここにすわっているようにみえたから、とわたしはゆうじんにいった。
そうしてふいに、なぜいつも百年なんだ、九十九年じゃだめなのか、百三年じゃだめなのか、と、
ひとり、おもった。
ゆうじんは、じっとだまってすわっていた。わたしは、ここで咲くのだ、いや、咲いたのだ、といわんばかりに。
ここではいくつものつぼみが実をなし、はなひらき、肉厚の花弁をぼたぼたとおとしていったのだ。
わたしは、そんなふうに、おもった。
なにか飲む? とゆうじんがいったので、わたしは、とにかく名前が甘い飲みものがいいね、といった。
そう、とゆうじんはいい、たちあがった。そうして、しばらくして、もどってきた。
はい、ハニーカフェ・オレ、とゆうじんはいった。おどろいた! たしかに甘い名前だ、とわたしはもろてをかざしていった。そうして、つぎにうまれてくるときは、ハニーって名前がじぶんのどこかにはいるといいな、と、いった。調子にのったのである。それをきいて、ゆうじんは、ためいきをついた。状況はハニーではないわけだ、と、わたしは、おもった。
じぶんをおちつかせようと、または落ち着いた雰囲気をかもしだそうと、わたしはハニーカフェ・オレを飲もうとした。が、わたしの手はがたがたとこまかく、ふるえた。
ゆうじんは、みてみぬふりをしていた。そうして、羽を休めるようにコーヒーをすすった。
もし百年前からここに、この場所に俺がずっとすわって息づいていたのなら、
俺だってもっとスマートにのみこなすことができるはずだよな、とわたしは、おもった。
でもそんな場所は、どこにも、なかった。
わたしがあたかも百年いたかのようにかもしだせる場所なんて、どこにもなかったし、ひとつとしてうみだすことのできないまま、ここまで、いきてきていた。ここまで、ほうほうのていで這いずるようにやってきて、そうして、わたしは、いまここで、ハニーカフェ・オレをのんでいた。そして、また、ほうほうのていでどこかにむかっていくのだ。ハニーカフェ・オレをとおりすぎて。
わたしは、ぼんやりと、ゆうじんを、みた。
ゆうじんも、ひどく、ぼんやりとしていた。わたしになにかいおうとするのだが、なにもいいださずに、いた。
そのとき、わたしは、ティーカップのなかに、ちらっとさざなみを、みた。それはこちらにむかっているように、みえた。
わたしは、もっとよくみようとして、のぞきこもうとした。なにかが、がぶがぶとしずみこんでいくのが、わかった。
それから、わたしは、しだいにぽつぽつとはなしはじめたゆうじんのはなしを、きいた。ゆうじんは、お気に入りの服をたたむように、しずかに、おりめただしく、はなした。まるでひとつの巨大な雪だまをゆっくりととかすような、そんな語り方で、ゆうじんはわたしにことのしさいを、かたった。
わたしは、うなずきもせず、あいづちもうたず、ただただ、じっと、カップのなかのあれくるう波をみていた。それはこちらがわにも、じきに、やってくるようだった。それはもうすぐだ、とわたしは、おもった。
百年前からわたしもここにすわっていたんだね。|いつだって最終回象の誠実さについてお話しよう。
象は決して雌を取り替えることなく、
自分が選んだ相手を優しく愛する。
とはいえ、その相手と交尾するのは、
三年ごとに、しかも五日のあいだだけである。
そしてそれは極めてひそかに行われるので、
その行為が目撃されることは決してない。
しかし、六日目になって姿を現し、
何よりもまず川へと
まっすぐにやって来て、
体全体を洗う。
まず体を清めてからでなければ、
決して群れへと戻ろうとしないのである。
フランソワ・ド・サール『敬虔な生への手引き』
象の誠実さについてお話しよう|いつだって最終回ときどき、古びた、
別れたはずの自分じしんが
うしろから、くっついて歩いて、くる。
さとられないように、
それでも見つかってしまうかたちで
わたしのうしろを、ずっと、歩いて、くる。
まあしょうがないよな、とわたしは、おもう。
すると、二人に、なる。あのときのじぶんが
ふえて、いる。あのとき、あの場所に置き去りにされたはずのじぶんが。
わたしは、まあそれもしかたのないことなんじゃないかな、
とおもう。気がつけば、過去にふりきったはずの、
引導をわたしたはずのじぶんじしんが
4、5人、わたしのうしろを、あるいて、くる。
ちょっと、おおいんじゃないかな、とわたしは、おもう。
こんなに俺は俺を捨ててきたのかな、とも。
それでも、わたしは、歩いていく。
橋を渡れば、うしろを歩いていたじぶんのひとりが
よろけて、川に落ちる。おいおい、とわたしはおもう。
過去は過去でうまくやってくれよな。
でも、そのわたしも川からはいあがり、濡れたからだをひきずって、また、歩いてくる。
ずぶぬれのわたしをひややかにみているわたしもいるが、そいつに肩をかすわたしもいる。
過去のじぶんが、過去のじぶんに肩をかしながら、わたしのうしろを、ともに、あるいて、くる。
過去のじぶんたちは過去のじぶんたち同士で
なかよくなっているようだ。
わたしはひとりきりで歩いているというのに。
ちょっと、うらやましく、なる。
風が吹いたので、それにまかせて、ふっとふりかえると、
わたしが、百人ぐらい、いる。
百人ぐらいのわたしが、
わたしのうしろを
陸続と歩いて、くる。
ちょっとした、バビロン捕囚である。
もちろん、わたしは、赤信号で
たちどまったりも、する。
そうすると、その場所は、
とたんにわたしで混雑しはじめて、
たいへんなことに、なる。だから。
たちどまるたびに、わたしが、あふれる。
たちどまるたびにわたしがあふれる|いつだって最終回