Anata Omaeda

Jan 10

ときどき、古びた、

別れたはずの自分じしんが

うしろから、くっついて歩いて、くる。

さとられないように、

それでも見つかってしまうかたちで

わたしのうしろを、ずっと、歩いて、くる。

まあしょうがないよな、とわたしは、おもう。

すると、二人に、なる。あのときのじぶんが

ふえて、いる。あのとき、あの場所に置き去りにされたはずのじぶんが。

わたしは、まあそれもしかたのないことなんじゃないかな、

とおもう。気がつけば、過去にふりきったはずの、

引導をわたしたはずのじぶんじしんが

4、5人、わたしのうしろを、あるいて、くる。

ちょっと、おおいんじゃないかな、とわたしは、おもう。

こんなに俺は俺を捨ててきたのかな、とも。

それでも、わたしは、歩いていく。

橋を渡れば、うしろを歩いていたじぶんのひとりが

よろけて、川に落ちる。おいおい、とわたしはおもう。

過去は過去でうまくやってくれよな。

でも、そのわたしも川からはいあがり、濡れたからだをひきずって、また、歩いてくる。

ずぶぬれのわたしをひややかにみているわたしもいるが、そいつに肩をかすわたしもいる。

過去のじぶんが、過去のじぶんに肩をかしながら、わたしのうしろを、ともに、あるいて、くる。

過去のじぶんたちは過去のじぶんたち同士で

なかよくなっているようだ。

わたしはひとりきりで歩いているというのに。

ちょっと、うらやましく、なる。

風が吹いたので、それにまかせて、ふっとふりかえると、
わたしが、百人ぐらい、いる。

百人ぐらいのわたしが、
わたしのうしろを
陸続と歩いて、くる。

ちょっとした、バビロン捕囚である。
もちろん、わたしは、赤信号で
たちどまったりも、する。
そうすると、その場所は、

とたんにわたしで混雑しはじめて、

たいへんなことに、なる。だから。

たちどまるたびに、わたしが、あふれる。

たちどまるたびにわたしがあふれる|いつだって最終回