ドトールで待っているから、とゆうじんは、いった。
ドトールで待っているのか、とわたしはおもいながら、ドトールにむかった。
わたしもいつかドトールでだれかを待ちたいな、と、ふと、おもった。
そして世界でいちばんのぶっちょうづらをして、そのひとを、待とう。
怒った顔をして、カフェラテをのんでいよう。あちいばかやろう、とおおげさなリアクションもしよう。
くそったれちくしょうめといわんばかりのいきおいで、しかし思いのほかやさしいかんじで
ミルクレープをくちにはこぼう。
そんなことをかんがえながら、わたしはドトールへ、むかった。
とちゅうで空をみあげるのをわすれたので、空をみあげた。
ゆきが、ふっていた。ゆきだな、とわたしはおもった。
次の人生では、雪降る空にむかってりょうてをかざし、わらいながら、ぐるぐるまわろうと、おもった。そのときは、きっと、わたしは、こいを、している。
でも、いまのわたしはわたしでしか、ない。雪には、なんの思い出も、ない。スリップして、車ごと、実家の犬小屋につっこんだことがせいぜいの、いやあらんかぎりのわたしの雪にかんする人生の想い出である。わたしは前面が多少ぼこぼこになった車から、これぐらいなんでもないんだというかんじで紳士的に降りたつと、ひどく警戒し、わたしをじっとよそもののようにみすえるベスにむかって、ひとこと、いった。やあ、ぼくだよ。
ドトールにはいっていくと、ゆうじんが、ひっそりと、そこに、息づくようにして、待っていた。
まるで根づいているように、そこにいた。
ひょっとして根づいているんじゃないか、とおもって、あしもとをみたぐらいだった。
ゆうじんは、かつてのベスのように、そんなわたしを警戒した。なんなの、と。
いや、百年前からきみがここにすわっているようにみえたから、とわたしはゆうじんにいった。
そうしてふいに、なぜいつも百年なんだ、九十九年じゃだめなのか、百三年じゃだめなのか、と、
ひとり、おもった。
ゆうじんは、じっとだまってすわっていた。わたしは、ここで咲くのだ、いや、咲いたのだ、といわんばかりに。
ここではいくつものつぼみが実をなし、はなひらき、肉厚の花弁をぼたぼたとおとしていったのだ。
わたしは、そんなふうに、おもった。
なにか飲む? とゆうじんがいったので、わたしは、とにかく名前が甘い飲みものがいいね、といった。
そう、とゆうじんはいい、たちあがった。そうして、しばらくして、もどってきた。
はい、ハニーカフェ・オレ、とゆうじんはいった。おどろいた! たしかに甘い名前だ、とわたしはもろてをかざしていった。そうして、つぎにうまれてくるときは、ハニーって名前がじぶんのどこかにはいるといいな、と、いった。調子にのったのである。それをきいて、ゆうじんは、ためいきをついた。状況はハニーではないわけだ、と、わたしは、おもった。
じぶんをおちつかせようと、または落ち着いた雰囲気をかもしだそうと、わたしはハニーカフェ・オレを飲もうとした。が、わたしの手はがたがたとこまかく、ふるえた。
ゆうじんは、みてみぬふりをしていた。そうして、羽を休めるようにコーヒーをすすった。
もし百年前からここに、この場所に俺がずっとすわって息づいていたのなら、
俺だってもっとスマートにのみこなすことができるはずだよな、とわたしは、おもった。
でもそんな場所は、どこにも、なかった。
わたしがあたかも百年いたかのようにかもしだせる場所なんて、どこにもなかったし、ひとつとしてうみだすことのできないまま、ここまで、いきてきていた。ここまで、ほうほうのていで這いずるようにやってきて、そうして、わたしは、いまここで、ハニーカフェ・オレをのんでいた。そして、また、ほうほうのていでどこかにむかっていくのだ。ハニーカフェ・オレをとおりすぎて。
わたしは、ぼんやりと、ゆうじんを、みた。
ゆうじんも、ひどく、ぼんやりとしていた。わたしになにかいおうとするのだが、なにもいいださずに、いた。
そのとき、わたしは、ティーカップのなかに、ちらっとさざなみを、みた。それはこちらにむかっているように、みえた。
わたしは、もっとよくみようとして、のぞきこもうとした。なにかが、がぶがぶとしずみこんでいくのが、わかった。
それから、わたしは、しだいにぽつぽつとはなしはじめたゆうじんのはなしを、きいた。ゆうじんは、お気に入りの服をたたむように、しずかに、おりめただしく、はなした。まるでひとつの巨大な雪だまをゆっくりととかすような、そんな語り方で、ゆうじんはわたしにことのしさいを、かたった。
わたしは、うなずきもせず、あいづちもうたず、ただただ、じっと、カップのなかのあれくるう波をみていた。それはこちらがわにも、じきに、やってくるようだった。それはもうすぐだ、とわたしは、おもった。
百年前からわたしもここにすわっていたんだね。|いつだって最終回